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| (1)創業期(1890年代頃〜1930年)(明治、大正〜昭和5年) |
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エキスパンデッド製法によるメタルラスの起源は古く、英国・米国において、1890年代(明治25年頃)に相次ぎ製造されたと伝えられている。 |
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1909年(明治42年)、日本に初めてメタルラス(平ラス)が紹介された。 |
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大阪の業者が共同で、1915年(大正4年)に、「金属鉄網裁断展伸機」の名称で特許を得て、メタルラスの製造を開始した。 |
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1920年代(昭和初期)、メタルラスの需要は微々たるものであったが 、防火建築の必要性を説くなどし、年と共に徐々ながら需要が増大した。 |
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| (2)開発期(1931年〜1940年)(昭和6年〜15年) |
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1933年頃(昭和8年頃)には、一般建築家の認識も高まるにつれて、量産体制を整える一方品質の向上を図り、需要も上昇期に入った。メタルラスは、1936年(昭和12年)に生産量で戦前の最高を記録した。 |
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1938年(昭和13年)7月、鉄鋼統制が施行され、資材割り当てが厳しくなる中、業界最初の組織である「大阪ラス工業組合」が設立された。 |
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| (3)受難期(1941年〜1946年)(昭和16年〜21年) |
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戦前戦後の激動の時代であって、統制配給経済下で、資材原板は殆ど入手出来ず、メタルラスの製造は無くなった。 |
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| (4)復興期(1947年〜1952年)(昭和22年〜27年) |
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戦後復興の進駐軍特需としてメタルラスの生産が再開された。1948年(昭和23年)4月、通産省土建班(当時)の行政指導で全国組織の「メタルラス交和会」が結成された。 |
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1949年(昭和24年)、国内の建築需要は激増し、殊に防火建築の必要性が、認識されて、メタルラス業界の夜明けとも言うべき時期を迎えた。下期には、鉄鋼統制も自然消滅となった。翌1950年(昭和25年)、建物の防火規定が制定された。
業界は、共同開発によって新製品コブラスを試作し、建設省建築研究所(当時)の防火性能試験に合格した。同6月に「日本工業規格ア5505メタルラス」が制定された。
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1952年(昭和27年)3月、メタルラスの過当競争によるJIS規格外品の生産について、建設省(当時)より防火建材指定の除外勧告をうけた。この指定取り消しの影響の重大性に鑑み、業界は改善に取り組んだ。
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| (5)調整期(1953年〜1958年)(昭和28年〜33年) |
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1953年(昭和28年)メタルラス業界は、軽量品排除の努力を重ねたが、建設省(当時)より再度の除外勧告を受けた。各社の経営の不安定もいよいよ深刻化し、その建て直しの為、9月に中小企業安定法に基づく全国組織の「日本メタルラス調整組合」を設立した。
翌1954年(昭和29年)2月、調整規定が認可され、大いに効果が上がった。しかし、ごく一部のアウトサイダー並びに新規工場の増加に伴い、調整事業は続行不能となった。
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朝鮮動乱による経済的混乱が終息した1956年(昭和31年)、メタルラスの素材の製法が連続令間圧延になり、品質が良くなり、メタルラスの生産技術の大幅な改善となった。
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1958年(昭和33年)4月、中小企業団体の組織に関する法律が公布され、同時に調整組合は、「日本メタルラス工業組合」に名称変更を行った。
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| (6)成長期(1959年〜1964年)(昭和34年〜39年) |
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1959年(昭和34年)、日本メタルラス工業組合は、各地区的特性をいかした経済活動や事業を行うことを目途に解散し、11月に関東メタルラス工業組合(東京通産局 管内)(当時)、九州メタルラス工業組合(福岡通産局管内)(当時)、近畿メタルラス 工業組合(大阪 通産局管内)(当時)の地区組合が相前後して設立された。
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1963年(昭和38年)6月、日本工業規格A5505メタルラスについての生産技術審査要領が改正された。この年から、業界も技術革新による新製品が開発され、新時代を迎えることとなってきた。
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| (7)発展期(1965年〜1970年)(昭和40年〜45年) |
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1965年(昭和40年)6月、「日本工業規格G3351エキスパンドメタル」が制定された。同8月、組合は組合証票表示制度の実施を決定し、粗悪品の生産禁止、品種呼称の適正化、品質の保証等メーカー責任を明示することになった。
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メタルラスの原材料は、主として令延鋼板で、厚み0.3〜0.8@定尺シートものを使用しているが、1968年(昭和43年)6月、メタルラス用として厚み0.4@ までの1829@巾コイルが日本鋼管M福山製鉄所で試圧延され、メタルラスの製造過程における従来の観念が一変し、全く新しい時代を迎えることとなった。
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1970年(昭和45年)、関東・近畿両組合は「メタルラス製造設備の耐用年数短縮」の為の請願を行う為の共同作業を開始し、当局に強力に働きかけることとなった。
近年、複合ラスが多種開発され、需要も年々増加して確実な伸びを期待出来るようになった。
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| (8)躍動期(1971年〜1974年)(昭和46年〜49年) |
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1971年(昭和46年)、メタルラス業界の構造改善による 企業体質の向上、経営の安定の為の合理化は順調に推移した。又、メタルラスの生産は材料から製品に至るまで、自動化による省力生産時代が到来したのである。
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1973年(昭和48年)、史上最高のインフレ化景気による建築ブームを背景としてメタルラス類の需要も大巾に急増した。
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